人々の結集・団結の時
こんにちは。
いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。
26年前は阪神淡路大震災でした。
幼き頃の私は今のこの時間はどこにいたんやろか・・
当時5歳だった私が覚えているのは、倒れた食器棚から食器が割れて
粉々のガラスが床一面に広がっている。
地震がおさまったあと
ヘルメットを被った父が布団まで靴を持ってきてくれて
家の中を靴を履いてあるき、近くの公園に避難しこと。
毛布にくるまりながら横にいた近所のおばあちゃんと
「寒いね」と話したこと。
倒壊した祖父母の家から母と一緒に遺品を拾い集めた。
カップラーメン食べたこと(これは喜んでいたような気がするw)
家の片付けが終わるまで2週間ぐらい東京の叔父の家に住んだこと。
今でも祖父母の家から拾った本の隙間からは当時の砂がこぼれ落ちる。
「当たり前」はいつもあっけなく終わる。
今のコロナも今までの当たり前が簡単に崩れ去った。
だからこそ人との団結がとても重要。
神戸は国内初のマグニチュード7の地震が発生しましたが
人たちの協力により早くに復興しました。
今だからこそできる人と人とのありえない団結をおこしたいです。
本日も読んでくださり、ありがとうございます。
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